西浦荒神社

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火の神様

奥津彦神(オキツヒコノカミ)
奥津姫神(オキツヒメノカミ)
土の神様
埴安姫神 (ハニヤスヒメカミ)

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b_1koujin西浦荒神社は荒神様をおまつりしております神社であり、三寳荒神社ともいいます。鎮座地が熊本市の西浦という地区ですので、西浦の荒神さんと呼ばれ、昔から大変信仰の厚い神社であります。
三寳荒神の三寳(宝)とは、御祭神が火の神様の奥津彦神、奥津姫神、土の神様の埴安姫神の三柱でありますので、三柱の尊い神様という意味でもありますが、仏教の三寳からきているとも考えられます。仏教の三つの宝、つまり仏、法、僧を守っておられます神様を、仏教の信仰でも三寳荒神様とおよび致しますが、昔の神仏習合の時代、かまどの神、火の神である荒神様信仰と、仏教や修験道の三寳荒神様信仰が一緒になり、民間に荒神様の信仰が広まったともいわれております。
口伝によりますと、加藤清正公は荒神様の熱心な信者で熊本城を築いた時、お城の守り神として荒神様をおまつりしていましたが、のち今から約300年ほど前、細川家の四代綱利公の時代、この西浦の地に藩主の別荘が造られましたが、その別荘の鬼門にあたる現在の地に、方除けの神として、熊本城の荒神様をお移ししましたのが西浦の荒神社の始まりといわれております。
清正公が荒神様を特に信仰されるようになりましたのは、朝鮮の役の時、籠城して苦戦をされた時からだといいます。ある夜清正公は、脱出のかくれ道を告げる荒神様の夢を見ました。清正公は夢のお告げに従ってひそかに囲みを脱出し、九死に一生を得たといわれております。以来清正公は荒神様を深く信仰し、熊本城を築きました時、お城の守り神として荒神様をお祀りされたということです。
民間で信仰される火の神、土地の神を荒神様と呼んでおります。一般に屋内にまつられる場合は火の神、かまどの神とされますが、屋外にまつられる荒神様は屋敷の守護神(屋敷荒神)で、鬼門(屋敷の東北の場所)に鎮まっておられる場合が多く、鬼門荒神様ともいいます。又地域の守護神といった信仰もあり、農耕的な信仰もあります。いずれもたたりやすい神とされ、日本古来の荒ぶる神の思想を背景にした、民間信仰の神様であります。火の神の信仰は早くから成立しており、古事記にも伊邪那美命が火の神を産み給うて、神さり給うた記述があり、火そのものの神聖性は人間生活と深くかかわっていたために、多様な信仰展開があり、火の神に対する畏れの観念が、日本古来の荒ぶる神の信仰と一体になって、荒神信仰を成立させたのであります。かまどは人間の生命をつなぐ食物を調理する場所でありますから、人間にとって最も大切な所として、自然にこれを神聖視するということはもっともな事であります。
荒神様は家屋敷の守議神として、その強い霊力によって悪魔をはらい、心を清浄にして神を信じ善をつむ者をたすけられます。しかし、不浄を忌み、その怒りにふれるとたちまち非常の災難にみまわれ、神を信ぜず放逸な生活をする者を罰せられるとも信じられております。
荒神様は災難を除き、家屋敷を守護し、健康長寿延命を増益されます。家屋敷から不浄を遠ざけ、心と身体を清浄に保ち、荒神様のご加護により、幸福な生活をいたしましょう。

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